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LIFESTYLE

シンプルな暮らしが運んでくれるもの

Reported by Yurico Yoshino

2022.1.17

多くのモノを所有することよりも、限られたモノを大切に使うことのほうが、心も暮らしも豊かになる――そんな価値観が定着してきたこの頃。選び抜かれた本当に大切なモノと暮らしていくことは、私たちの暮らしを軽やかにし、整え、思考を洗練させ、心を穏やかにしてくれるのだ。モノも心も無駄を削ぎ落とした暮らしにシフトするために心得ておくべきことは? とるべき行動は? その実践者のおふたりにお話を伺った。

Part1 「私たちは、もっと美しくなれる」 
整理収納アドバイザーFujinaoさんが教えてくれた少ないモノで暮らす効用

モノを減らすことは、切り捨てることでも諦めることでも我慢することでもなく、自分を大切にすること――。日々Instagramで発信している、そんな温かいメッセージが多くの人々の共感を呼んでいるFujinaoさん。片付けによってストレスから解放された自らの経験をもとに、整理収納アドバイザーの資格を取得し、300軒以上のお客さまの元を訪れ、家の景色を塗り替えてきた。

「きっかけは10年前の息子の誕生です。散らかった家は危険が多く、子どもにもあれを触ってはダメ、そこに行ってはダメ、と注意ばかりしてイライラしていました。そこでまずはモノを収納するという習慣を身につけたところ、視界から飛び込む情報が減ったことで心が穏やかになり、また家事動線がスムーズになったり、子どもへの危険が減るなどのポジティブなことが次々と起きたんです。そこで整理収納アドバイザーの資格を取得すべく学んだ結果、“今本当に必要なモノ”をきちんと見つめられるようになり、次第にモノが減っていったんです」

スッキリとした空間は心も人間関係も整えてくれる

自分だけでなく、モノにあふれた暮らしで心を乱している人々の力になれたらと、整理収納アドバイザーとして片付けに悩む一般の方々の家に伺う訪問お片付けレッスンの活動を始めたFujinaoさん。そこで彼女が伝えているのは、収納技術でなく、「自分自身を大切に扱い、自己肯定感を高める方法」だという。実際にFujinaoさんが訪れた家でもそんな変化が起きた。

「受験生の息子さんを抱えながらご自身はうつを患っていらっしゃるお母さまがいました。息子さんに栄養のあるものを食べさせてあげてサポートしたいと思いながら、何年も料理を作ることができない状態だったと言います。そこでふたりで4時間かけてキッチンを整理。大量にあった賞味期限切れの調味料やお気に入りでない食器を手放し、大切な食器だけを取り出しやすく並べたところ、その足でスーパーに出かけ、数年ぶりに家族に料理を振る舞ったと聞かせてくれました。
また、ご主人と家庭内別居状態だったある家庭では、奥さまが部屋の散らかりとご主人との関係性の悪化、そして2人の小学生をワンオペで育てている悩みなどを抱えていました。そこで散らかったリビングから不要なものを減らし、ダイニングテーブルにまっさらの空間が生まれたところ、自室に引きこもっていたご主人がダイニングでくつろぐようになり、ご自身もいら立ちが減り、家族みんなが機嫌よく過ごすようになって、なんとご夫婦で副業まで始められたのです。おふた方とも、片付いた空間が景色だけでなく、自らの心や家族関係までも整えてくれるという経験をされていました。モノなんて“持っていて損はない”と思いがちですが、実は多すぎるモノは騒がしく人の脳や心を混乱させ、疲弊させるのですよね」

「もったいない」のはモノだけじゃない

きっと誰もがそのことを頭では理解している。それなのに私たちはなぜ片付けられないのだろう。モノを増やし続けてしまうのだろう。「日本特有の文化として“もったいない”とモノを大切にするよう育てられてきたことが理由のひとつでしょう」とFujinaoさんは言う。「それがモノを捨てることへの罪悪感につながっていると思います。けれどもったいないのはモノだけでしょうか? モノが多いことによって必要なモノがすぐに見つからない、片付けが大変といった手間や時間はどうでしょうか? スムーズに見つけられなかったり、散らかった空間にいるときの心の乱れはどうでしょうか? 私たちは放っておくとモノの洪水に溺れてしまう世の中に生きています。そんな今、何より大切にするべきなのは自分だと思うのです。自分を大切に扱うために何を手放すべきか、という視点に立って不用なモノを削り落としていき、最終的に手元に残したモノは、無頓着に持っていたときよりもずっと大切にできるはずです」

そしてまた、モノを手放すときの痛みや罪悪感をきちんと感じることも大事、とFujinaoさん。「スッキリと片付いた空間で心穏やかに暮らすためには、すでに持っているモノを手放し、片付けるだけでなく、これから入ってくるかもしれないモノに対する意識も大切なのです。無防備でいると私たちの暮らしはどんどんモノが増えてしまいますが、捨てるときの痛みを忘れずにいれば、新たに持ち込むモノに対してもっと慎重になれると思います」

関係性が終わったモノを手放したときの軽やかさを体験する

では、何から始めれば良いのだろう。Fujinaoさんは目の前の散らかっている場所でなく、収納空間から片付けるのがおすすめ、と教えてくれた。「散らかっているのは、モノが帰るべき場所が整っていないから。できれば納戸や押し入れなどの大収納から始めるといいでしょう。そういう場所には何年も使っていないモノが眠っていたりもしますから、判断もしやすいでしょう。そこで、痛みを伴いつつも、関係性が終わっているモノを手放したときの景色の変化や心の軽さを実感すると、さらにほかのスペースを整えたいと感じるようになるはずです」

片付いていない部屋は、自尊心を奪うから

最後にFujinaoさんのInstagramで特に反響の多かった言葉をひとつ紹介。

「きれいに掃除ができていない部屋にいると、自尊心がなくなり、気分が下がり、やる気がなくなる。そして自分を大切にできなくなる。長い人生、それはもったいない。モノが多すぎるなら、捨てたほうがいい。モノより大切なのは、あなたの心」

私たちは自分の心を大切にできているだろうか。そんな気持ちで、改めて部屋を見渡してみよう。

Fujinao | フジナオ

Organizer Storage Advisor

整理収納アドバイザー。自らの経験やお客さまとの出会いから、片付けは人を元気に、幸せにする力があると実感。2018年から始めたInstagramでのメッセージが温かい共感を呼んでいる。家族は単身赴任中の夫、2人の小学生の男の子、ミニチュアダックス。北海道在住。著書に『片付けの力 私たちは、もっと美しくなれる、部屋も、心も、人生も。』(KADOKAWA)
Instagram @fujinao08140814

Part2 ライフスタイルプロデューサー 浅倉利衣さん 
「巡りのよい空間が、巡りのよい体と心を作る」

「心と体はつながっているし、それと同じように、モノと人もつながっていると思うんです」。開口一番そう語った浅倉利衣さん。ファッション業界を経て独立、食やアロマなどを通して心と体を整える情報発信を行ってきた浅倉さんだったが、コロナ禍を経て、働き方にも価値観にも大きな変化が訪れたという。そしてモノとの関係性にも。

きっかけは、2020年のはじめ。子どもたちの学校が休校になり、対面の講座などを中心に仕事をしていた浅倉さんの仕事は全てキャンセルに。家族全員が家にいて先行きに不安を覚えながら、なんとか走り続けなくてはと焦りに駆られていたという。そんな折、自身と2人の娘がそれぞれ捻挫や骨折を負うというアクシデントが続いた。「3人目の怪我で、もう緊張の糸が切れたようになって。夫に“私、止まってもいい?”と尋ね、いいよという言葉を聞いた瞬間涙が止まらなくなって。そこからベッドに潜り込んで自分自身との対話をする日々だったんです」

モノと向き合うことは、自分自身を見つめる作業

心の扉を一つひとつ開き、自分の大切なものを探す作業が、心の中だけでなく、家の中にも及んだ。「何せステイホームで、どこにもいけない時期でもありました(笑)」。クローゼットや引き出しを一つひとつ開けては手に取り、“これは今の私に必要?”と問いかけていったという。「それは私にとってモノを片付ける時間ではなく、心を整理する時間でした。しまい込んだまま取り出すことのなかった品々は、自分で蓋をしていた感情や記憶にも似ています。心の見つめ方がわからないという人は、モノと向き合ってみるといいかもしれません」

ゆったりと収納されたモノが放つエネルギー

モノを手放すことが目的ではなかったけれど、驚くほど大量のモノを手放したという。役立ててくださる方に譲ったり、リサイクルに出したり。衣類、バッグやアクセサリー、子どものおもちゃ、そのほか、もう何を手放したか思い出せないという。きっとそれは、必要なくなっていたモノだから、と。「モノを手放して空間に余白ができると、風通しがよくなって、残ったモノもエネルギーを回復するように感じます。こんな言い方をするとスピリチュアルに聞こえるかもしれないけれど、きっとやってみれば感じるはず。ぎゅうぎゅう詰めに押し込まれていた服がふっくら広がったとき、そこに何か清々しいエネルギーを感じると思います。それは私たちの体も心も同じなんです」

モノを手放すことは、執着を手放すこと

どんどんモノを減らしていく浅倉さんの姿に、家族はどんな反応だったのだろう。「みんな喜んでいました。なんといっても私がリラックスしているから(笑)。モノにあふれている状況というのは、過去への執着や未来への不安をモノで補おうとしていることが多いと思います。一つひとつ、モノを手放すとともにその感情を手放すことで、今の自分で大丈夫、という気持ちが湧いてくるんです」。すると余計なモノを買うこともなくなったという。「この2年、外出用の服やバッグなどは一切買っていないんです。コロナ禍で外出の機会が減ったこともありますが、モノと向き合ったことで今の自分に必要なモノはそろっているとわかったから。結果、経済的にも余裕ができて、たくさん働いてお金を稼がなくちゃという焦りもなくなり、浮いたお金を教育やよい食材に回そうと思えるようになり、いいことずくめです」

心も、体も、モノも、「どこかに自然な流れを堰き止めている場所、本来の力に蓋をしている場所はないか」と意識するようになった浅倉さん。「風通しよく、巡りよく、常に新鮮に機能しているかどうか。そんなふうに振り返って点検する意識が、健やかな毎日をもたらしてくれると思います」

Rie Asakura | 浅倉利衣

1977年生まれ。エルメスで販売・バイイング、ミス・ユニバース・ジャパン元ナショナルディレクターのパーソナルアシスタントを経て、現在は食や教育、マインドフルネス、ウェルネスなどさまざまな学びや経験を重ね、SNSやセミナーで情報発信している。現在も新たな分野を開拓中。2児の母。

Photo: Midori Yamashita

片付けをテーマにおふたりにお話を伺ったけれど、共通して語ってくれたのは「モノ」を軸にした取捨選択ではなく、今の自分、未来の自分を整えるためのひとつの、そして大きな手段だということ。贅肉を落とすことも、こだわりを捨てることも簡単ではないけれど、もしかしたら長らく使っていないものを手放すことならできるかもしれない。そんな一歩から、自分を軽やかにするステップを踏み出したい。

Editor’s Note取材メモ

  • 体を動かす

    コロナ禍で外出がめっきり減り、運動不足になってしまったというFujinaoさんは、「家でYoutube動画による筋トレをしたり、どこに行くにも車で行きがちだったけれど歩ける距離なら歩くようにしたりと、できることから“体を動かす”機会を作っています」

  • 自然のリズムに従う

    基本に立ち戻り、自然のリズムに同調することを心がけているという浅倉さん。「例えば食事なら旬の無農薬野菜を食べること、睡眠なら夕方以降は照明を落とし、暗くなったら寝る(笑)こと、そして生理サイクルでは卵胞期前半は積極的に体を動かしたりチャレンジをし、黄体期や生理期は休養を心がけるようにしています」

Content Writing

Yurico Yoshino | 吉野ユリ子

Lifestyle Journalist

企画制作会社、アシェット婦人画報社(現ハースト・デジタル・ジャパン)などを経て2008年よりフリー。女性誌や書籍、広告、WEBを中心に、女性のための豊かなライフスタイルの提案を行う。プライベートでは、5歳になる娘を出産する以前はトライアスロンが趣味で、アイアンマンを3度完走。日課はヨガ、瞑想、朗読、物件探し。