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メイクとは描くこと、だから筆力が大事。世界が注目する熊野筆の工房を訪ねて

Reported by Mika Hatanaka

2021.3.15

メイクの仕上がりはブラシで変わる――そんなフレーズを一度くらいは耳にしたことのある読者も多いのではないだろうか。数あるメイクブラシのなかでも、プロのメイクアップアーティストから絶大な支持を受けるブランドが、広島県・熊野の「竹宝堂」だ。国内はもちろん、海外メディアからも取材を受けるなど、ジャパンメイドの高級化粧筆の存在を世界へ認知させた立役者だ。なぜ、メイクの仕上がりがブラシで変わるのか……。なぜ、熊野筆、竹宝堂のブラシがいいと言われるのか……。工房を訪ね、世代や人種を超えてメイクする人の心をつかむ、メイクブラシの魅力を解き明かす。

塗るためではなく、描くため。熊野筆の神髄は、毛先にあり

メイクのなかで、筆が最大限に効果を発揮してくれるのは、眉尻やアイライン、リップラインなど、“描く”というステップにおいてではないだろうか。繊細な線を描くことができるだけで、その日のメイクが「上手にできた!」という喜びに変わる経験をしてきた人も多いはず。

「創業者の竹森鉄舟は、絵筆や書筆づくりの筆司でした。細かで美しい線を描くために、毛筆づくりにおいては、原毛を見極める目や、繊細な毛先を完成させるための技術が欠かせません。そんな、日本古来の筆づくりの技術を化粧筆に応用して、竹宝堂は始まりました。ですから、化粧筆は“描く”ということに特化しているとも言えるのです。細かな部分まで描けるかどうか――それが“塗る”ことが目的のブラシとは違う点です。そのためには、繊細な線を描くための、毛先を整える技術が欠かせません。毛先次第で、化粧品の色が肌にしっかりのったり、肌当たりの良し悪しが変わってくる。熊野筆が他の化粧筆と違う点は、毛先にある、とも言えるかもしれません」(社長の竹森臣さん)

ブラシは塗るためのもの。いっぽうで筆は描くためのもの。繊細な線までも描くことができるのが竹宝堂の筆――プロのメイクアップアーティストたちが、竹宝堂の筆を愛用する理由が、開口一番、なんとなく見えてきたような気がする。

広島市から車で約30分。「竹宝堂」のある広島県安芸郡熊野町は、江戸時代末期から続く筆づくりが盛んな街。全国一の化粧筆生産量を誇り、熊野筆は伝統的工芸品にも指定されている。
筆づくりの工程のなかで、機械化されているのは、原毛といわれる毛をミックスする混毛作業のみ。あとはすべて手作業で行われている。

どんなときも変わらない品質を保つために
――天然毛だからこその手作業と職人技

実際に工房を訪ねると、竹宝堂では、ヤギやリス、イタチ、キツネなど、さまざまな種類の天然毛を原毛として取り扱っている。数種の天然毛を交ぜ合わせるのはもちろんだが、個体差のある天然毛だからこそ、人の手を使って同じ品質を維持することが欠かせない。

「人工毛はすべて規格の整った毛ですが、私たちが扱っているのは天然毛です。リス毛もヤギ毛も、イタチやキツネの毛も、もちろんそれぞれの毛質や特徴はありますが、それ以上に、1本1本で状態が変わってくる。人の髪の毛と一緒ですよね。ですから、化粧筆にしたときに、どんなものでも同じような品質や手触りを保つため、人の手による細かな確認や調整が欠かせないのです」

天然毛という言葉があまりに身近過ぎて忘れていたが、動物の毛だからこそ、個体差があるのは当たり前。ひとつひとつ状態の異なる原毛を、用途に合わせて混毛する技術は、筆司の経験と感覚に委ねられているのだとか。

私自身はここ数年、あるアイブロウブラシを愛用している。それが熊野産であることは知っていたが、竹宝堂で作られているということを今回の取材を通じて知った。そのアイブロウブラシも、現在4本目。店頭に行けば変わらずにあること、新しいブラシを使えば、いつも通りに眉がスムーズに描けること――そんな毎日の当たり前が、天然毛であるがゆえの手作業によって実現できていた、ということに改めて気がついた。

感触や肌当たりは人の手でしかジャッジできない

化粧筆づくりのさまざまな工程のなかでも、特に重要なのが、肌当たりの悪い毛を取り除く逆毛取りの作業だ。竹宝堂の創業者であり、化粧筆=竹宝堂というイメージをつくり上げた竹森鉄舟さんは、90歳間近な今もなお、現役で作業場にいらっしゃる。

「こうして整えられた毛束を先端に向かって整えていくと、逆毛が刃に引っ掛かって出てくるんです。この工程を繰り返して、指で感じる手触りが、“良し”というまで作業していくと、肌当たりのいい筆になっていくわけです」(竹森鉄舟さん)

竹宝堂の創業者、竹森鉄舟さん。長年にわたり培ってきた手の感触は今も現役だ。

毛先にこだわること――その言葉の通り、逆毛を取り除く作業は、化粧筆づくりのさまざまな工程で行われていた。数種の原毛を混毛したあとに逆毛を取り、さらに筆の形に形成したあとにも逆毛を取る……。そうやって肌当たりがソフトで心地いい化粧筆が出来上がっていく。

そんな、逆毛を取る作業に欠かせないのが、「半差し」と呼ばれる小刀だ。切れ過ぎたりすることがなく適度なひっかかりがあるため、不要な毛だけを取り除くことができ、天然毛が本来もつ産毛を残すことができるのだとか。

絵筆や書筆を製作していた頃から使われてきた、「半差し」。逆毛を取るたびに筆の肌当たりがどんどん柔らかく、ふんわりと軽やかになっていく。

今の竹宝堂があるのは、化粧品メーカーと一緒に歩んできたから

筆司であった竹宝堂が特に得意としていたのはまさしく人形のカシラに貌(かお)を描く絵筆の製作。やがて今から50年ほど前、アメリカからアイライン用コスメが日本に入ってきたことをきっかけに、化粧筆の製作に携わるようになったという。化粧筆づくりのパイオニア的なブランドであるが、「筆はあくまでも化粧品との親和性があってこそ」と話してくださったのは、3代目となる専務の竹森祐太郎さん。

「天然毛がいいとか、人工毛がいいとか、どの動物の毛がいいというのは、一概には言えないんですよね。というのも、化粧筆は化粧品があってこそですから。こうして皆さんに竹宝堂を知っていただけるのも、化粧品メーカーやOEM(化粧品などを受託製造すること)の会社の方々がいたからこそ。新しい化粧品が出るたびに、そのアイシャドウやファンデーションが、一番美しく肌にのるためには、どの毛をどう使えばいいのか。そこからメーカーの方々と一緒に考えてきました。化粧品を通して、女性たちが求めていることや、その時代の流行みたいなものを知ることができたからこそ、今の竹宝堂があるんです。ですから、化粧筆さえあればいいかというと、そうではないんですよね。化粧品と一緒に使っていただいて、初めて筆の良さをわかってもらえるのです。どういう化粧品にどんな筆を合わせるかというのが一番大切なことで、それは、僕ら、筆だけを作っている職人では、たどり着けません。化粧品を作る方々と開発したという経験があるから、今、こうして竹宝堂のオリジナルの化粧筆だって販売できるし、こうして皆さんに知っていただけるんです」

筆づくりは、いわば伝統工芸の一種。そこに、時代を映す化粧品という存在が組み合わさったのが、熊野筆であり、竹宝堂の化粧筆なのだ。

あまりにも身近過ぎるアイテムゆえ、忘れてしまいがちだが、化粧筆は伝統とトレンドが融合したアイテムといってもいいのかもしれない。そんなふうにたくさんの人の技術や思いが詰まったアイテムがあれば、毎日のメイクが、なんだかもっともっと楽しめそうな気がする。

Chikuhodo | 竹宝堂

筆司である竹森鉄舟氏が1971年に設立した、化粧筆工房。筆司の「技」と、熟練の職人たちによる筆づくりにより、数々の化粧品ブランドやメイクアップアーティストの依頼を受け、化粧筆の製作を行う。国内はもちろん、世界中から最高級品の化粧筆として認められる。
https://www.chikuhodo.com/

Photo: Satoshi Yasukochi

Editor’s Note取材メモ

  • 出会いに感謝し大切にする姿勢、学びたい!

    本文中でも触れたが、取材中、さまざまな方から化粧品メーカーやOEM会社があってこそ、今の竹宝堂があるという言葉を耳にした。「老舗ブランド=確固とした譲れないものがある」というイメージで伺ったのだが、伝統工芸として守り続ける技術的な部分と、柔軟に時代に合わせていく姿勢に感銘を受けた。こういう仕事のあり方は、私たち個人レベルでもとっても勉強になると感じたし、そういう気持ちでつくられた製品をイチ消費者として手に取りたいなと感じた。

  • コスメを買い替えるのと同じくらい、筆を替えることでメイクがもっと楽しめそう!

    印象的だったのが、化粧品に合わせて原毛や先端などを変えて化粧筆はできているということ。つまりは、各メーカーのアイテムに適した筆を、各メーカーが販売しているということ。これからは、コスメを買い替えるたびに化粧筆も見直してみようと思った。筆とコスメの相性で、メイクの幅はもっと広がりそうな予感!

  • 女性たちが作っている、キレイになれる化粧筆!

    今回、印象的だったのが、作業される職人さんたちのほとんどが女性だったということ! 皆さん、淡々と作業をこなされてはいるけれど、時折笑い声が聞こえたり、大変な状況下の取材に対応してくださったのは、感謝しかない。毎日、キレイになるため、自分を好きになるために使う化粧筆というものが、ぬくもりのある環境で作られていることが、わかってよかった。

Content Writing

Mika Hatanaka | 畑中美香

Beauty Writer

『25ans』などの雑誌・WEBメディアでも執筆。ファッション誌のビューティ担当を経てフリーランスに。ビューティ&ヘルスを中心に、雑誌や広告のほか、書籍のディレクション&ライティングも。旅とビストロ、占い、カフェでボーっとすることが欠かせない。赤リップとその日の気分に合った精油が必須アイテム。