LIFESTYLE
10年先、20年先のキャリアプランを考える
Reported by Yurico Yoshino
2021.11.15
責任のある仕事を任され始めているけれど、この先どんなキャリアを築いていけばいいのか、悩んでいる人も多いはず。育児に励みながらも自分らしいキャリアのための新たなチャレンジをしている方の実例をヒントに、社会の価値観や働き方が加速度的に変化する今、何を身につければいいのか、どんなアプローチをしていけばいいのかを、専門家にアドバイスしてもらった。
Part1・Project MINT
植山智恵さん
自らが悩んだからこそ伝えたい「パーパスを持つ大切さ」
植山さんが運営している「Project MINT」は、社会人が自分を見つめ学び直すためのサポートを行なっているプロジェクト。咋年創業以来、20代から60代まで、47名の卒業生を輩出してきた。「フェロー(受講生)の皆さんに共通して言えるのは、自分をもう一度見直したい、という思い。今まで頑張ってきたのは確かだけれど、自分は何をやりたいんだろうと考えていたり、これまでのキャリアだけじゃない、自分の知らない自分に出会ってもうひと花咲かせたいという思いを抱いている人もいます。私はその中で、皆さん一人ひとりの可能性を信じ、それを解き放つお手伝いをしていきたいと思っています」
転職の面接で言われた“即戦力もポテンシャルもない”
植山さんは大学卒業後20代をソニーで働いたのち渡米、ミネルバ大学大学院のパイロット生として学び、この事業を立ち上げた。今では明確なビジョンを持って進んでいるが、かつてはそんな植山さんも未来を描くことができなかったのだという。
「若い頃はやる気満々で何にでもチャレンジしていたので、上司からもたくさんのチャンスをもらいました。入社数年目にして中国でトレーニーとして働く機会をもらい、“男性と同じように働くんだ!”と昼はもちろん夜の飲み会もフル参加していたんです。でも当時の自分には完全にキャパオーバー。散々大失敗を繰り返し、ストレスで休職することになりました」。
半年間の休職の間、叔母が散歩に連れ出してくれて、一緒に野山を歩きながら自分のことを考える日々だったという。「自分の軸を見つけたい、と焦ったのですが、見つけ方がわからない。社内で異動願いを出すか、転職するか……ここじゃないどこかに行くことで解決を期待していました」。そこで転職活動をしたところまた大きな壁が。「ベンチャー企業の面接で “即戦力になるイメージもないし、そのポテンシャルも感じない”と一刀両断されてしまって」。
外に認められることも叶わず、自分の内側と向き合うしかない、と覚悟を決めた植山さん。幼い頃のアルバムを紐解き、過去を振り返ると、中学時代の登校拒否や高校時代のオーストラリア留学などの記憶が蘇った。「両親も、休職中に散歩に付き合ってくれた叔母も、みんな私の可能性を信じてくれていたんだ、と気づいて。私もそんなふうに、誰かの可能性を信じて引き出せる人間になりたいと思ったんです」
自分のお葬式に集まった人に、なんと言って惜しまれたいかを考える
そんな経験を経て立ち上げたProject MINTでは、一人ひとりが自分のパーパスを見つけることをひとつの大きなゴールに設定している。それはどうすれば見つかるのだろう。
「まず自分をよく知ることです。今の自分、幼い頃の自分、踏ん張って頑張った時の正念場の自分。その時何を大切にしていたか、何を思って乗り越えたのか。その時々の選択には一貫性がないように見えても、きっと根底に共通の価値観があると思います。例えば1日有休をとって、自然の中でジャーナリングするのもいいと思います」
自分で自分を見つめるのが苦手な人は、他人からどう見られたいかを考えるのもひとつのヒントになるのだという。「自分のお葬式に集まった友人や家族、会社の人たちがあなたのことをどう評価してくれたら嬉しいか、どんなふうに惜しまれたら人生に悔いがないかを想像してみてください。その言葉を通して自分の価値観に気づき、そこから逆算して5年後どうあるべきか、社会をどう変えているべきか、と今の行動を選ぶのもひとつの方法です」
ただでさえ突発的なライフイベントで変化しやすい女性の人生に加え、価値観も目まぐるしく変わる今、未来を思い描くのは難しいと感じる人はきっと多いはず。でも現在地点から見た憧れでいいから、ひとつの方向性を持つことが自分を突き動かしてくれるのだと、そんなメッセージを植山さんの言葉から感じる。
Tomoe Ueyama | 植山智恵
埼玉県出身。津田塾大学卒業後ソニー入社。2015年渡米し、先進的な教育を行うミネルバ大学の大学院のパイロット生として学び、2019年修士課程終了。帰国し、10週間にわたる、大人の学びのためのプログラム「Project MINT」を立ち上げる。
https://www.projectmint.net/
Photo: Yasuyuki Noji
Part2・アスリートフード
マイスター 村山 彩さん
「一生働きたいから、
40歳で学び直しの道へ」
初代アスリートフード・マイスターとして、食を通してアスリートのパフォーマンスアップのサポートを行なっている村山 彩さん。東京2020オリンピックでもスポーツクライミングの野中生萌さんのサポートを3、4年前から行なっていたほか、プロから一般まで、ランナーやトライアスリートのサポート、料理教室やランニング教室、本の執筆なども行なってきた。
村山さんがこの仕事に携わるようになったのは10年ちょっと前。それ以前はマスコミ業界で多忙な仕事をこなし、暴飲暴食も祟って体を壊したのだという。「体を立て直さなくてはと食事と運動に関心を持ちました。漠然と頑張るのは性に合わないので、野菜ソムリエの資格を取ったり。ちょうど夫がトライアスロンを始めたこともあって、私も始めたところ、がんばれば結果が出ることが面白くなったんです」。この経験がアスリートのための食事支援という、日本にそれまで浸透していなかった新しい分野の開拓につながった。
食指導だけでは根本解決にならない、という壁を感じて
その後二人の子を授かり、ヒットを記録する著書も何冊も書き上げて順風満帆に見えた村山さんだが、今、通信大学で学んでいる。分野は栄養学でもビジネスでもなく、心理と教育。5歳と2歳の子を育てながら、仕事をしながらの学びは決して容易ではないはず。彼女が学びの道に進むことに決めたのはどんなきっかけがあったのだろう。
「管理栄養士の資格を持っているわけでもない私が、民間資格で説得力のある仕事をするために自分自身がアスリートとして結果を出すことを大事にしていました。実際国内の大会で優勝したり、海外の大会で年代別優勝をしたりといった実績を重ねてこられたので、そこに信頼を寄せてくれた方もいたと思います。でも出産してからは怪我や故障の心配もあり、体力的、時間的な限界もあって、トライアスロンにエネルギーを注ぎ込むことができなくなってしまったんです。そんな私がどうやってバリューを出していけばいいのかと悩みました」。
同時に多くのアスリートをサポートしていく上で栄養素だけを軸にした指導では根本的な解決にならないという壁にもぶち当たったのだという。「栄養学は間違ってはいないけれど、試合に勝つため、あるいは肉体作りのための情報のひとつでしかない。それに情報を伝えたからといって誰もが実践できる訳ではありません。もっと人に寄り添いたい、その選手がアクションを起こすきっかけを作りたいという思いが強くなったんです」。そこで心理学を学びたい、と思うようになったという。
70歳、80歳になっても人の役に立つための種まきを
「できれば70歳、80歳になっても誰かの役に立っていたい。そのためには、今のうちにまける種をまいておかないと」。勉強のためには仕事もセーブしなくてはいけない。時間的な制約、経済的な制約を考え、通信で学べる放送大学を選んだ。学び始めて3年目、順調にいけば今年度末には卒業だという。
タイムマネージメントはどのようにしているのだろう。「娘は幼稚園なので、14時には帰ってきます。息子は週2回だけ学校に通っていて、こちらも14時まで。デスクワークや打ち合わせはこの時間に集中的に詰め込み、14時以降は子どもと遊んだり、習い事の送り迎えをしたりと母の時間に。子どもを寝かしつけてから夜9時ごろからサポートしている選手とのオンライン面談や大学の勉強などに取り掛かっています」となかなかハード。大学の授業は仕事にどんな影響を与えているのだろう? 「目の前の選手の状態だけでなく、幼少期や青年期などにも思いを馳せ、少し引いたアドバイスができるようになってきたと思います。また“聞く”ことの大切さを痛感するようになりました。今まではついついアドバイスしていましたが、本人の意志を引き出し、自分で選べるようになることの方が大事だと気づいたんです」
アスリートの生涯に寄り添うサポートを目指して
卒業すると、認定心理士の資格取得条件を満たせるという。けれど「外からの評価に肩書きが影響することはないと思います」と村山さん。「でも学びのスタートラインに立てたという自信にはなると思います。そしてものの見方が変わり視野が広がったのは確か。“この先どこへ向かえばいいんだろう”という頭打ち感がなくなったという実感があります」。今は根を張る時期、と村山さん。「今43歳。ここから学びを深め、生かして、50歳くらいまでに花が咲けばいいと思っています」
これまで食を中心にアスリートをサポートしてきたけれど、この先は食指導も踏まえつつ心理学を軸にした支援にシフトしていきたいと思うようになったという。「アスリートは勝つことも負けることもある。いつか引退し、セカンドキャリアも考えなくてはいけない。女性なら妊娠出産というライフイベントをどう組み込むかといったことも考えます。そういう包括的なメンタルのサポートができたら、食指導自体ももっと効果的になるのではないかと思います」
それまで真摯にキャリアについて考えてきた人ほど、キャリアの転換の決断には、「軸がブレているんじゃないか」「本当にそこにニーズがあるのか」という不安を抱くこともあると思うけれど、自分も時代も変わるものだからこそ、「今の時代・今の自分」にとってフィット感のあるキャリアへとライフイメージを描き直すことは、きっとその先の人生の大きな土台になるに違いない。
Aya Murayama | 村山彩
青山学院女子短期大学卒業後、ラジオ局、映像制作会社プロデューサー業を経て体を壊し退職。これを機に健康管理に目覚め、野菜ソムリエ、日本初のアスリートフードマイスターの資格を取りトライアスロンも開始。食とトレーニングを連動させ、3年目で大会優勝を達成。著書に「あなたは半年前に食べたものでできている」など多数。2児の母。
Photo: Midori Yamashita
Part3・Clarity代表
古屋聡美さん
「女性が一歩踏み出すために、ロールモデルを味方に!」
村山さんのように進むべき道を見つけられた人もいる一方で、自分にとって未来を見据えたキャリアを考えたいと思ってもどこへ進めばいいかわからず、日々に追われてしまう人も多い。そんな人のためのサービス「Clarity」を立ち上げたのが古屋聡美さん。
結婚・不妊治療・妊娠・出産・育児・介護などキャリアを重ねる上で岐路となるようなライフイベントの多い女性はその時々でどういった判断をすべきか悩むもの。とはいえ社内にライフイベントもキャリアアップも両方実現している先輩女性社員や女性管理職がほとんどいないような会社も多く、ロールモデルを見つけにくいのが現状。そこでリアルな悩みを相談したり、斜め上の経験者としてアドバイスしてくれる女性と出会うマッチングサービスを作ったのだ。
自分のキャリアの正解は、自分で決めていい
「身も蓋もないような話ですが、この女性の悩みの根本は、政治と教育にあると私は思います。今の学校教育では知識や協調性は身に付けられても、課題解決能力や個性を持つこと――自分の価値観と軸を持ち自己表現すること――は培われにくく、自分自身や本質的な課題と向き合う機会や能力を奪われているように思います。人間教育の前提が高度経済成長期のシステムがベースになっていて、社会に出てからも働き方やキャリアパスは組織の方針に従うことが前提で、結果的に受動的に働いている人が男女問わず多い。その中で女性だけが、ライフイベントに直面すると『結婚しても働き続けたいのか、子どもはいつどのタイミングで何人産みたいのか、出産後のキャリアはどうしたいのか』と急に意思決定を個人に委ねられ、“自分でもどうしたいのかわからない”と悩んでしまう」。
では私たちはどうすればいいのだろう。古屋さんにアドバイスをもらった。「仕事か家庭か天秤にかけてどちらを選択しなければならない、という考え方だと、いつか無理がきてしまいます。そもそも自分がどんな人生を送りたいのか、自分にとっての幸せとは何か、まずは人生の目標を明確にする。そのための手段としての仕事や育児と捉え、そこにつながることだけけにフォーカスし課題の取捨選択をする。ソリューションは必ずあるので、諦めずに一つずつ取り組んでいく。全ての選択肢に必ず障害はあります。だから障害がない道を探しても袋小路にはまるだけ。例えば結婚して子どもが産まれるというときに夫が忙しくてワンオペ、実家が遠くて助け手がいない、上司にワーママへの理解がない、といった状況であれば、行政の制度を利用したり、お金で解決できることであれば有料サービスを利用してサポートの手を増やす、変わらない他者は諦めて割り切る、話せばわかる相手なら諦めずに対話するといった解決策があるかもしれません」。
そのように道を開くヒントとしてロールモデルやメンターを持つことは効果的、と古屋さん。「自分が絶対に無理だと考えていたボーダーラインを、ひょいと超えてしまう人が、自分とちょっと似ていて意外と普通の人だったと知れば、自分でもできるかも? と思えます。ネットの記事をたくさん読むより、血の通った一人の女性の生の体験談のほうがリアルで参考になるのです。さまざまなタイプの女性のさまざまな選択を知って“あ、これはやりたいな”とか“こうやったらできるんだ”と、自分の向かいたい方向や解決策がクリアに見えてきます。全ての選択が“正解”で、どの道を選んでもいいんだ、ということに気づくだけでも、大きな価値があると思います」
古屋さん自身も今年母となり、これまで想像していたのとは自分自身の価値観も大きく変わった、と語る。だからこそ身の回りの多様な経験者、多様な実例に耳を傾け、「正論」「一般論」ではないところに解決策を見つけるのが、これからの時代を軽やかにわたっていくコツなのかもしれない。
Satomi Furuya | 古屋聡美
成蹊大学社会イノベーション学部卒業後、BPOコンサルティング・アウトソーシング入社、米国公認会計士の社長秘書、アシスタントコンサルタントを務める。その後外資系広告代理店を経て28歳で独立、2018年Clarity設立。2019年、世界最大級のスタートアップの祭典「Slush Tokyo 2019」で日本人初優勝。1児の母。
https://www.clarity.tokyo/about/
Photo: Midori Yamashita
Editor’s Note取材メモ
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健康を取り戻す!
コロナ禍、リモートワーク続きで外にほとんど出ない日々で、気がつけば顔も体も、重力に引きずられていた、と植山さん。「3週間くらい前から、毎朝の筋トレと公園までのジョギングを続けています。これは習慣化したいですね」
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べき論を捨てる!
今までつい「絶対これが正しい」と相手にも押し付けがちな性格だったという村山さん。「自分自身に対してもべき論が強すぎて、自分で自分を生きづらくしていたような気がします。今後はクライアントにも子どもたちにも、柔軟に接せられるようになりたいですね」
Content Writing
Yurico Yoshino | 吉野ユリ子
Lifestyle Journalist
企画制作会社、アシェット婦人画報社(現ハースト・デジタル・ジャパン)などを経て2008年よりフリー。女性誌や書籍、広告、WEBを中心に、女性のための豊かなライフスタイルの提案を行う。プライベートでは、5歳になる娘を出産する以前はトライアスロンが趣味で、アイアンマンを3度完走。日課はヨガ、瞑想、朗読、物件探し。