INTERIOR
穏やかな光は心に作用する。人生を変える照明器具の選び方
Reported by Ayumi Machida
2021.8.17
パンデミックによって自宅で過ごす時間が増え、インテリアに関心を持つようになった方は多いのではないだろうか。しかし、椅子やラグなどの家具にはこだわっても、照明器具選びはついつい後回しになりがちだ。雑誌や広告、店舗、個人の家まで、さまざまな空間をスタイリングしてきたインテリアスタイリストの黒田美津子さんいわく「実は、インテリアのなかで最も心に作用するのが照明」なのだという。いったい照明はどのように私たちの生活に影響を与えるのか。選び方やコーディネート方法、注目のプロダクトなど、照明にまつわるさまざまなお話を聞かせていただいた。
家で過ごす時間はリラックスできる光とともに
「照明も家具と同じようにデザインされたプロダクトのひとつですが、家具と違うのは“光”という形のないものまでデザインされているということ」と言う黒田さん。「光は心に作用するので、照明は家具よりもずっと人に影響を与えるんです」。蛍光灯は、アメリカでは仕事場などで全体に光を行き渡らせるために作られたものだが、日本では長らく住宅でも使われてきた。今でも蛍光灯や不思議な色のLED照明で部屋全体を明るくしている空間は多いけれど、それがどれだけ私たちを疲れさせていることか。「外に出ればオフィスもコンビニもとても明るいから、家に帰ったときくらいリラックスできる光が必要ですよね? 良い照明は優れたデザインを部屋に置くということだけでなく、明日の元気をくれる存在でもあるんです。私がインテリアをスタイリングしながらいつも目指しているのは“励まされる部屋”。励ましてもらいたいのに、明るすぎる光で刺激を受け続けると心は休まらない。照明器具を替えるだけで本当に生活が変わることをお伝えしたいです」
部屋の目的によってふさわしい光を選ぶ
家具で予算が尽きて、照明は適当なもので済ませてしまったという経験がある方は多いのでは? 黒田さんは「むしろ照明を先に選んだらどうか」と提案する。「照明の良さは本やネットを見るだけではわかりません。ぜひ実物を見て、その光をリアルに体験してほしいですね。コロナ禍で、人間はアナログな生き物だということをより強く感じさせられましたが、バーチャルだけでは生きていけないのだから、やはり三次元での生活を大事に暮らすべき。その鍵となるのが照明です」
照明には全体照明と、意匠照明(または間接照明)があり、意匠照明にはさらにタスクライトなどの部分照明があるが、自宅の照明は、何をポイントに選んだらいいのだろうか。「まずは部屋の目的によって選ぶことをおすすめします。 たとえばベッドルームなら光が拡散しないタイプを、キッチンなら楽しい色や形のデザインを。リビングルームは全体を明るくせずにフロアスタンドなどを使い、読書をするならそのコーナーだけ照らすなど、光が必要なところに必要な照明を配置します。一室多灯がいいですね。大切なのは、照明は心に作用するものだから、自分がどんなタイプの光を求めているかを知ること。ほっこり、ふんわり、ワクワク、落ち着きたい、リフレッシュしたい……それによって、選び方も変わってくるのではないでしょうか」
そして、照明は空間を引き締めるアクセントとしても重要な役割を果たしている。「私が仕事で照明を選ぶときは、まず空間全体のバランスを考えます。家具は床に置くものですが、照明の光は空中を飾るもの。空中というのは意外と見落としがちですが、空間全体のバランスを考えるときには決め手になります。部屋を平面でとらえてしまうと、家具の配置を決めて照明を忘れたりするのですが、人間は平面ではなく立体の中で暮らしているので、ぜひ三次元のインテリアに照明を生かしてほしいですね」
名作から最新・注目アイテムまで。お気に入りの照明を見つける
照明ひとつで生活は変わるからこそ、何を選ぶかはとても重要。さまざまな照明を見てきた黒田さんにおすすめプロダクトを聞いてみた。
1. 部屋をアップグレードしてくれる名作
優秀なデザインは、プロダクトとして質が高いだけでなく、光という形のないものが人の心にどんな効果を及ぼすかまで考えられている。「まずおすすめしたいのはイタリアのアッキーレ&ピエール・ジャコモ・カスティリオーニ兄弟が1962年にデザインしたフロアスタンド〈トイオ(TOIO)〉。彼らはすごくお茶目なデザインをする人で、さまざまなものを転用して照明デザインに取り入れるんです。〈トイオ〉も車のヘッドライトや釣り竿のコードリールを取り入れており、インダストリアルな雰囲気ですが女性の部屋にも合うし、光が上を向いているので、天井に反射してこれひとつでも部屋が明るくなります」
デンマークのコペンハーゲンを拠点にする照明ブランドのヌーラ(NUURA)は、2017年設立と比較的新しい。「イタリアのデザインとはまた違う魅力で、たおやかさ、なめらかさがあるノーブルな印象。たたずまいがとても美しいです。ソフィー・リファーという若い女性デザイナーが手がけていて、とても洗練されたデザインで完成度も高い。未来の名作ではないでしょうか?」
デンマークの代表的な照明ブランド、ルイスポールセン。なかでもヴェルナー・パントンがデザインした〈パンテラ(PANTHELLA)〉は、誰でも一度は目にしたことのある名作。「ウルトラモダンに見えて、意外と畳の部屋にもなじみ、インテリアに合わせやすいのが特徴。最近はカラーや大きさなど驚くほどバリエーションが豊富なので、選ぶ楽しみもあります」
「ヴィコ・マジストレッティがデザインしたオルーチェ(OLUCE)の〈アトーロ(ATOLLO)〉は人の記憶に残る形。個人的にも大好きでベッドルームでずっと使っていたのですが、東日本大震災のときに倒れて割れてしまったんです。それで買い直したのに、また倒して割ってしまった。でもいまだ捨てずにとってあります(笑)。シンプルなのにバランスが良く、美しさが際立った唯一無二のデザイン」
2. 気になる最新作もチェック
最近発表された新作にも、気になるプロダクトがいくつかあるそうだ。まず今年の6月に発売になったばかりのタスクライト。「〈オブリーク(OBLIQUE)〉とは“斜め”という意味。その名のとおり、光が斜めに伸びていって手暗がりにならないので、デスクワークに最適。カラーバリエーションの名前も“セージ”や“ラスト(錆)”などユニークで、ナチュラルな色合いが楽しめます」
そして1903年創業という、デンマークで最も古い照明ブランドのひとつでもあるリーファ(LYFA)は、1990年にブランドとして幕を閉じたものの2020年に復活。日本でも販売がスタートする。「これからの北欧を代表するブランドになると思う。今までにないようなデザインに注目です」
3. 最新トレンドはポータブル照明
テクノロジーの進化で、照明はコードから解放されて自由に持ち運びできるようになった。アウトドア人気も相まって、ポータブル照明はさまざまなデザインが続々登場している。「庭だけでなく玄関の外や掃き出し窓などにも、ポータブル照明を置くだけでそこがラウンジに早変わり。屋内でも、たとえばバスルームや洗面所、棚の中、食卓など、さまざまなところにキャンドル感覚で置くと、インテリアの楽しみ方がぐっと広がります」
フィリップ・スタルクがデザインした〈イン・ヴィトロ(IN VITRO)〉は試験管のような形が特徴の屋外照明だが、このシリーズにポータブルが登場。「大きさもちょうどいいし、光の出方が群を抜いて美しいです」。今をときめく照明デザイナーのマイケル・アナスタシアデスがデザインした〈ラストオーダー(LAST ORDER)〉は、もともとNYのフォーシーズンズホテルのレストラン用に考案したもので、それをフロスが商品化。「この間、撮影のスタイリングで棚の中に置いてみたらすごくいいムードになりました。庭のテーブルに置いても素敵。ボディがクリスタルでずっしりした重量感がいいですね」
そしてポータブル照明で忘れてはならないのが、スペインのミゲル・ミラがデザインしたサンタ&コール(SANTA&COLE)の〈セスティタアルバ(CESTITA ALUBAT)〉。「スペイン語で『バスケット』という意味で、本当にかわいらしいバスケットのよう。1962年のデザインをモダンにリファインしています。日本人なら行燈(あんどん)を思い出してしまうようなデザインで和室にも合います」。そして黒田さんが大好きだというインゴ・マウラーにもポータブル照明が登場。「すごくアーティスティックで、ほかにはない存在感の照明を作るデザイナー。代表作でもあるバルブは電球をモチーフにした照明ですが、なんと手の平にのるサイズのポータブル照明が登場。これはかわいい!」
ヨーロッパの部屋の照明は薄暗い。それは自分の時間を大事にしているからではないかと黒田さんは考える。「でも日本だって最近はキャンドルを灯したり、自分がリラックスできる灯りにこだわる人が増えています。ぜひ一度皆さんに試していただきたいのは、家の照明を全部消して、そこに気に入った照明を、ぽんとひとつ置いてみること。こんなに素敵な部屋だったのかときっと驚くはずです。部屋がそれほど広くなくても、光をコントロールすることで奥行きを感じさせる豊かな空間が生まれる。照明にはそれを可能にする魔法の力があるんです」
Mitsuko Kuroda | 黒田美津子
インテリアスタイリスト、スタイルディレクター、株式会社Laboratoryy代表。雑誌『Hanako』にて1988年の創刊時より編集に参加。以後、多数の女性誌、デザイン誌でデザイン・インテリア関連記事の編集、執筆、スタイリングを担当。現在は雑誌のほか、広告美術、展示会、商業施設、店舗、美術館、VMDから個人邸まで、さまざまな空間のインテリアと演出を手がけている。『&Premium』(マガジンハウス)にて「&Lifelong Items これから20年、使いたい日用品」連載中。著書『tangent 接点 — 黒田美津子』は着物のデザインに着目したアートブック。
https://www.instagram.com/mitsulab/
Photo: Shun Yokoi
Editor’s Note取材メモ
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十和田湖のキャンプ場でフィンランド風サウナを体験!
すでに夏休みをとって十和田湖にある宇樽部キャンプ場を訪れたという黒田さん。宿泊したコテージはアルヴァ・アアルトの家具などを置いた北欧風のインテリアでとても居心地が良かったそう。そして一番の思い出はフィンランド風サウナ。「目の前が湖という絶景のなか、薪を使って温めるサウナの暗闇に、ぽつんと置かれていたレ クリントの照明〈キャンドルライト〉が印象的でした」
Content Writing
Ayumi Machida | 町田あゆみ
Editor
マガジンハウスで『Hanako』『Olive』『BRUTUS』『GINZA』編集部を経て、フリーランスに。『ELLE JAPON』でコントリビューティング エディターを務めるほか、ファッション、ライフスタイル分野で雑誌、書籍、WEB、広告の企画・編集やコンサルティングなどを手がける。犬と器と旅と韓ドラが好き。『エル・デジタル』で不定期に行われている「韓ドラあるある座談会」のメンバー。