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この秋は心を豊かにする読書習慣を。誰かとシェアしたい小説6冊

Reported by Saori Tsuchiya

2022.10.17

通勤途中に、秋の夜長に、少しの時間でも本をひらけば、そこには自分の心が動き出す別の世界が広がっている。本を愛してやまない、女優・作家の中江有里さんと丸善 丸の内本店の文芸書担当 高頭佐和子さんのおふたりが、Live Active Life読者のために「女性主人公が前向きに生きる物語」というテーマで選んだ、過去約1年以内に刊行されたお気に入りの小説を3冊ずつご紹介。ぜひストーリーに没入しながら、ページをめくる楽しさを味わっていただきたい。

女優、作家、そして書評家でもある中江有里さんのおすすめ

「国境も時代も年齢も、軽やかに超える。それが小説の醍醐味のひとつ」

「小説を読むとは、疑似人生を生きるみたいなこと」と語る中江さん。実際の自分の人生とはかけ離れたストーリーも、今まで味わったことのない感情も、読み進めるうちに物語の一員となって登場人物と気持ちを共有した実感が得られる。「本は、読んでみるまでわかりません。人間と同じで相性みたいなものがあるから。でも、そこがまた面白いところなのです」。中江さんが読者のために選んでくれた3冊は、どれも女性主人公たちの行動力がずば抜けている。運命に突き動かされるような生きざまに、読みながら感情が揺さぶられる。読後はきっと、自分なりの一歩を踏み出してみようと思えるのではないだろうか。

女性マネージャーの視点でスター誕生を見届けるカタルシス
『星屑』(村山由佳著/幻冬舎刊)

大手芸能事務所でマネージャーとして働く主人公の桐絵は、男性優位の組織の中でほぼ雑用係として腐りかけていた。ある日、出張先の博多のライブハウスで出会った16歳の少女ミチルに惚れ込んでしまい、独断でスカウトして東京に連れてきてしまう。事務所にはすでにデビューを控えた大型新人・真由の存在があり、ミチルにチャンスはないはずだった。ところが事態は思わぬ方向に展開していく……。

「桐絵にとってスターを育てることは、仕事の確立でもあります。一方で、もし才能を見出す目が霞んでいれば、少女の人生を狂わせてしまうわけだから、非常に危うい。マネージャーと新人歌手は親と子のような関係であり、いつか子が親を超えていく瞬間が訪れるのがある種の理想の形なんです。そのとき、桐絵の中の何が報われるのか。そこのカタルシスがとても丁寧に表現されていると思います」

泥臭い下積み時代を経て、少しずつ周囲に認められていくミチルと、彼女を見守る桐絵。おぼろげだった夢の輪郭も、いつしかくっきりと浮かび上がっていく。

「ちょっとヒリヒリするような感じが私の知っている芸能界とも重なり、すごく面白いです。本の帯には、“ド・エンタメ”とありますが、本当にその通り。芸能界というエンタメの世界をエンタメの筆致で描くという難易度の高いことを見事に完成させていて痛快。最後までワクワクが止まりませんでした」

知識という翼を広げ31年の短い生涯を力強く生き切った
『空を駆ける』(梶よう子著/集英社刊)

物語の舞台は明治時代。戊辰戦争を生き延びたものの、のちに母を亡くし、会津藩士であった父も没落し、養子に出されてしまう主人公カシ。孤独な少女時代を過ごしたが、横浜の女学校フェリス・セミナリーに入学し、学ぶ喜びを知ったことが転機に。“女性の自立と子どもの幸福こそがこの国の未来を照らす”という信念を抱くカシは、やがて、翻訳家・若松賤子(しずこ)として日本で最初に名作児童文学『小公子』を世に送り出す。31歳で亡くなるまでの軌跡が、みずみずしく描かれる。

「カシが本当の意味での幸せに覚醒したのは、幼くしていろんなものを失ったからかもしれません。孤独に生きてきたカシにとって、女学校はホームそのもの。他に拠り所がなかったという境遇ではあるものの、結果的に自身の努力で身につけた知識や学びが人生を切り開く糧となったわけです」

「カシが残した作品数は少ないのですが、それでもこうして小説の題材にされたことで“戦争の暗い影が忍び寄る明治の時代に、こんなにもバイタリティに富んだ女性がいたんだ”と、現代の私たちも知ることができる。自分を偽らずに懸命に生きたカシの姿が、読者に勇気を与えてくれると思います」

女同士の連帯が少女たちの未来を紡ぎ出す
『あなたの教室』 (レティシア・コロンバニ著、齋藤可津子訳/早川書房刊)

主人公は、心に傷を抱えた元教師のフランス人女性レナ。旅先のインドの海で溺れたところを救い出してくれたのは、貧困地域に暮らす10歳の少女だった。学校に通わず毎日働いているというこの少女に読み書きを教えようとすると、「女に勉強は必要ない」と周囲から猛反発されてしまう。モヤモヤした気持ちを抱えたまま一旦帰国するものの、同じ境遇の少女たちのための教室を作ると決意し、レナは再びインドの地へ降り立つのだった。

「男性主導の因襲に従って生きるのが当たり前のインドの貧困地域では、少女たちの未来が閉ざされ、やがて名前も知らない歳の離れた男性の元に嫁がされてしまうのが通例。主人公レナは、何回もくじけそうになりながらも、“この理不尽の連鎖を自分が断ち切らないと!”という使命感に突き動かされ自身を鼓舞します。学んで得た知識というものが、どれだけ大きな力となって自分を支えてくれるか。それを知っているレナだからこそ、学びの機会が失われ、人生を搾取される立場にいる貧困地域の少女たちを救いたいという思いに達したのでしょう。女性の人生を切り開くには女性が立ち上がるしかないんだ、ということに気づかされる物語です」

「レティシア・コロンバニさんはデビュー作『三つ編み』、2作目の『彼女たちの部屋』共に、時代や国を超えた女性たちの連帯を書いていて、そこに強いシンパシーを持っている作家。本作もその流れにあると思います。映画監督でもある彼女らしい、読んでいて映像が目に浮かんでくるような文章は、翻訳にも生きていてとても読みやすい。ぜひデビュー作から遡って読んでいただきたいです」

Yuri Nakae | 中江有里

Actress,writer,singer

1973年、大阪府生まれ。89年に芸能界デビューし、女優、歌手として活躍。2002年、「納豆ウドン」で第23回「NHK大阪ラジオドラマ脚本賞」で最高賞受賞。NHK BS2『週刊ブックレビュー』で長年司会を務めた。読書に関する講演や、小説、エッセー、脚本、書評も手がける。著書に『わたしたちの秘密』(中公文庫)、『水の月』(潮出版社)、『万葉と沙羅』(文藝春秋)などがある。2022年5月にアルバム「Impression -アンプレッシオン-」をリリース。文化庁文化審議会委員。

丸善 丸の内本店 文芸書担当
高頭佐和子さんのおすすめ

「新作が出るのを待って読む、という鮮度を味わう楽しみ方をして欲しい」

書店員として店頭の棚づくりをする以外に、書評の執筆や本屋大賞の運営に関わる高頭さんは、普段から膨大な量の小説を読まれています。「本の良さは逃げないところ。新しい本には今読むからわかる“ナマモノ感”がありますし、古い本にはいつ読んでも古びない普遍的な魅力がある。その両方を楽しんでいただきたいです」。高頭さんがセレクトした3つの物語の主人公たちは、人との関わり合いの中で自分の進むべき道を見つけ、やがて自分らしく人生を歩み出す女性たち。読んだ後にじんわりと明るい気持ちになれること必至です。

誰かから受け継いだ大切なものを次の誰かにつないでいく
『タラント』(角田光代著/中央公論新社刊)

無気力な日々を送る中年女性のみのりは、かつては“人のために意義ある仕事をしたい”と情熱を燃やしていたが、ある出来事がきっかけで心に傷を負い、人生をあきらめていた。あるとき実家に帰ると、祖父あてに知らない女性から届く不審な手紙を発見する。不登校の甥っ子と一緒に祖父の過去を探り始めると、手紙の送り主はパラリンピック代表選手で、義足の祖父も戦前は走り高跳びの有名選手だったということが判明する……。

「祖父の人生に大きな悲しみを与えた戦争は、みのりや甥っ子の人生にもつながっていて、生きる意味というものを改めて考えさせられます。タラントというのは“使命”の意なのですが、人生に疲れ果てたとしても、必ず誰かから受け継ぎ、また自分から誰かへ受け渡すものがある。戦争を経験した方の声というものも、そのひとつだと思います。祖父とパラアスリートとの交流を知ったことをきっかけにみのりが気力を取り戻し“今自分ができることは何か”に必死に辿り着こうとする姿には、“自分なんかダメだと思わずに、小さなことでも何かをやってみよう”という気持ちにさせられます」

明治の偉人オールキャストで送るシスターフッドの物語
『らんたん』(柚木麻子著/小学館刊)

恵泉女学園中学・高等学校の創設者である河井道をモデルにしたこの小説は、道の生い立ちから学校設立、そして晩年を、右腕として学校設立に奔走した渡辺ゆりとのパートナーシップと並走しながらドラマティックに描く。同時代を生きた津田梅子、大山捨松、有島武郎、野口英世、村岡花子など、明治・大正時代の実在の人物たちが次から次へと意外な表情をのぞかせながら登場するのも読みどころ。

「何度も出てくる言葉のひとつに“光のシェア”があるのですが、物質も能力も何もかも、自分たちが持っているものはいろんな人に分け与えていきましょう、という考え方が道の根底にあるんですね。それって、現代女性が持っている感覚とすごく似ていると思います。当時は戦争もあるし決して明るい世の中とは言えないですが、女性のための学校設立という自分たちの夢に向かって生き生きと邁進している様子が描かれ、苦悩や苦労よりも、明るく楽しい面にスポットライトを当てている。そういう点でも光が全篇に行き渡っている物語だと思います」

人生にとって大切なのはそのままの私でつながれる人たち
『たとえば、葡萄』(大島真寿美著/小学館刊)

28歳の美月は、ふとしたことがきっかけで何のあてもなく会社を辞めてしまう。そして転がり込んだのは、母の親友である56歳の市子の家。将来への恐れや不安に押しつぶされそうになっていた美月だけれど、子どもの頃からずっと知っている個性豊かな大人たちと共に過ごすうちに、徐々に本来の自分を取り戻していく。そして、ひょんな出会いから新たな夢を見つけ、一歩踏み出すのだった……。

大島真寿美さんの12年ぶりの書き下ろし小説は、女性たちの友情を描いた虹色天気雨シリーズの3作目となる本作。もちろん前作を読んでいなくても十分楽しめる。

「美月が会社を辞めた時期がちょうどコロナ禍で、物語と私たちは同じ時代を生きているわけです。フラフラしていてなかなかやりたいことが見つからない美月の姿から、自分自身の20代の頃を思い出しました。今の私だったら、悶々と悩んでいる昔の私には“一度しかない人生、好きなだけ迷えばいいよ”と言ってあげられるのに。そんな風に自分史とも重ね合わせて読む楽しさがあります。物語の終盤、あっという間に新しい道を見つけてしまう美月の、若者独特のたくましさがとても眩しいです」

「そんな言葉はないのですが、あえて言うなら大島さんは“友情小説家”じゃないでしょうか。年齢、性別、立場に関係なく、人と人とのつながり=友情を育む中で、新しい何かを見つけられるというのは、誰にとっても希望だと思います」

自分ごととして読むことで、読書時間がより楽しく有意義に

読書には堅苦しいルールもお作法もない。自分のペースで好きなときに読みたい本を読めばいい。こんなに自由でしかもコスパがいい(書籍の価格は、だいたい2,000円以下)小説の世界を楽しまない手はない、とおふたりのお話を伺っていて改めて痛感した。女性が主人公の6冊の本は、気がつけば全て女性作家によって紡がれた物語でもあった。どれを読んでも、「これは私の話でもある」と思わせてくれるのは、作者と主人公と読み手が物語の中で手をつなげるからだろう。

「団地のふたり」(藤野千夜著/U-NEXT刊)

そして最後に、もう1冊だけご紹介したい。中江さんと高頭さんが共通で挙げてくださった本だ。「女性主人公が前向きに生きる物語」という選書のテーマは同じものの、かなり他の6冊とは雰囲気が異なる。奈津子とノエチ、ふたりの女の友情物語だけれど、熱いものはなく、のほほんと気楽に始まり、じんわり温まってふんわり終わる。帯に書かれた“50歳、独身、幼なじみ”のフレーズそのまんまだ。取り壊し直前かと囁かれる古い団地に住む人々の日常のリズムが本当に心地よく、読んでいるうちに心がほぐされている感じがする。読後は、「そのままで大丈夫だよ」と、ポンポンと優しく肩を叩かれているような、なんとも嬉しい気持ちになった。

Sawako Takato | 高頭佐和子

Bookstore clerk

1972年生まれ。大学卒業後、書店員となる。青山ブックセンター、ときわ書房を経て、現在はJR東京駅前の複合商業施設「丸の内オアゾ」1〜4階にある日本最大級の総合書店、丸善 丸の内本店の文芸書担当として勤務。2004年の立ち上げ時より、本屋大賞実行委員のひとりとしても活動している。現在、「小説トリッパー」、「小説新潮」などで書評を連載中。

Photo: Tomokatsu Noro〈TRIVAL〉

Content Writing

Saori Tsuchiya | 土谷沙織

Editor & Writer

美術大学でファッションを学んだのち、女性ファッション誌の編集者として出版社での勤務を経て、フリーランスに転向。ファッション、ヘアスタイル、料理、インテリア、アート、健康など、女性のライフスタイルを中心に執筆。著名人インタビューも多数手がける。30代半ばでヨーロッパに語学留学をしたことをきっかけに、現在も英会話レッスンを日課としている。趣味はウォーキング、山登り。