BEAUTY
人とかぶらない「私だけの香り」。記憶に残るニッチフレグランスの魅力
Reported by Akiyo Nitta
2022.5.16
五感のなかで唯一、ダイレクトに脳に伝わるのが嗅覚。香りの刺激が脳に伝わるまでの速さは、わずか0.2秒以下とされ、ほかの五感よりも本能や記憶に働きかける力が強いといわれている。そんな記憶や感情に働きかける「香り」だからこそ、人とかぶらないオンリーワンを纏いたい。作り手のこだわりや想いが強く反映され「ニッチフレグランス」は、個性を引き出しながら、自分のモチベーションを高めてくれる。そんなニッチフレグランスの魅力を「NOSE SHOP」の中森友喜さんに伺った。さらに、初心者でも手に取りやすい6つの香りをご紹介しよう。
香りが脳にもたらす効果とは?
嗅覚は、五感のなかでももっとも原始的・本能的な感覚だといわれている。視覚や聴覚などほかの感覚とは異なり、嗅覚だけは直接「大脳辺縁系」に伝わるのだ。ちなみに痛みが脳に伝わるのに0.9秒を要するのに対し、香りは脳に0.2秒以下で届くといわれている。
大脳辺縁系は、食欲や性欲などの本能、感情や記憶、自律神経調節などのつかさどり、「本能の脳」ともいう。
すれ違った人がつけていたフレグランスの香りや、キンモクセイなどの花の香りによって、懐かしい記憶が蘇ってきたことはないだろうか?このように特定の香りから、それにまつわる記憶が呼び覚まされる現象を「プルースト効果」と呼ぶ。
このように感情や記憶を左右する香りだからこそ、どういう香りを纏うか、がとても重要になるのだ。
日本の香水市場の変化
ヨーロッパや中東諸国と比べて、日本はフレグランス市場の規模が小さく、香りを纏う文化が浸透していなかったのだが、ここ数年で香りに対する意識やフレグランス市場に変化が現れ始めている。
世界中の新進気鋭のフレグランスブランドを集めた専門店「NOSE SHOP」の代表を務める中森さんにお話を伺った。
「人との調和を大切にする文化が根づく日本では、好きな香りを自由に嗜むことに抵抗を持つ人が多かったのですが、新型コロナウイルスの影響で自分と向き合う時間が増えたこと、マスク生活によって“人の鼻”を気にしなくなったことなどが影響して、日本人の香りとの向き合い方が変わりつつあります。
マスマーケットに向けたものではない、新進気鋭のニッチなブランドがつくる個性的な香りへの関心が高まっているのは、大勢にウケる香りではなく、ひとりに深く刺さる香りが求めていることの現れですよね」
常識にとらわれることのない斬新なコンセプトやレアな原料を使った「ニッチフレグランス」は、クリエイターのこだわりや情熱が注ぎ込まれており、そんな作り手のメッセージに共感して香りを選ぶ人も。少量生産で希少性の高さも魅力のひとつだ。
人とはかぶらない香りを見つけたいけれど、個性的すぎる香りに手を出すのには少し勇気がいる…、そんな人でも臆することなく纏えそうな、先鋭的でありながら品よく香るおすすめのフレグランスを6点(1〜4はNOSE SHOP中森さん、5、6は編集部セレクト) ご紹介しよう。
1:爽やかな香りの奥に魅惑的な甘さが見え隠れ
名香Diorのジャドールを手がけた調香師が「好奇心をそそるような特別な演出を施したい」というコンセプトのもと、つくり上げたフレグランス。ジンジャーとラベンダーのフレッシュな香りから始まり、スイートなハチミツとムスク、温かみのあるサンダルウッドへと変化していく。
2:柑橘を効かせた澄んだティーの香りに心が躍る
トルコのニッチフレグランスのトップブランドから誕生したフレグランス。シルクロードを通ってトルコに献上された中国の烏龍茶が注がれた際の香りを、ベルガモットやオレンジ、マンダリンなどの柑橘が引き立てる。時間が経つと、ムスクとフィグのまろやかな香りが顔を出す。
3:高揚感をもたらす気高くみずみずしい香り
ビターオレンジやグリーンタンジェリン、レモングラス、アップルエッセンス…など、捨てられるはずの残滓から、アップサイクルという手法で抽出された香料を使用。ゴミ山の頂上に屹立する一輪の花のように、神々しくジューシーな香りは、そのネーミングとのギャップに驚くはず。
4:スモーキーな香りで神秘的な魅力を際立てて
名だたるファッションブランドの香水を手がけてきた調香師のブランド。常識から逸脱した刺激的なコンセプトと、香りのノートを一切公開しないブランドの姿勢に狂信的なファンをもつ。進歩の扉でもある「失敗」の香りはスモーキーでユニーク。しかし決して嫌味がないのが特徴だ。
5:深みのある香りがドラマティックな世界に誘う
ラグジュアリーを代表する「アマン」発のフレグランス。インドネシアのジャワ島にある「アマンジウォ」にインスパイアされた「アィヨム」の香りは、インドネシア語で「隠れ家」という意味。深いジャングルに咲く花のようにエネルギッシュで、スパイシーな柑橘から深みのあるウッディへと移り変わる香りは、温かく懐かしい記憶を呼び起こす。
6:パウダリーな香りが内なる色香を引き出す
記憶と本能から「希望」を生み出すことをコンセプトとした新ブランド。心身のバランスを整える精油と、嗅覚から記憶をインプットする合成香料のハイブリッド。こちらは江戸時代に美貌と知性とでその名を轟かせた高尾太夫をイメージ。フローラルと気品ある沈香の香りが心に染み入る。
心地よいリラックス感、自信やポジティブな気持ち…など、香りは私たちにたくさんのものをもたらしてくれる。自分のためだけの香りを見つけることで、内に秘めた魅力を引き出すことができるはずだ。
中森さんいわく、日本のフレグランス市場は、かつて「香水砂漠」と呼ばれていたそうだ。今回の取材で、ようやく日本もその砂漠から脱却して、もっと気軽に香りを楽しむ文化が根付きつつあるのを感じた。
日本人の体臭の少なさ、人口密度の高さ、多湿で香り立ちが強くなる気候…などが、日本での香水文化の浸透が遅れた理由だろう。
しかし日本には、はるか昔から香りを楽しむ文化があったようだ。「日本書紀」には、淡路島に流れ着いた木に火をくべたところ芳香が漂い、この木を朝廷に献上した。聖徳太子は献上された木を香木だと教え、その木で手箱と観音像をつくったという逸話が残されている。また「源氏物語」や「枕草子」にも「香」を楽しむ描写がある。
香りで四季を感じながら一年を過ごす日本人は、決して香りに無頓着なわけではなく、香りを敏感に感じ取ることができる民族なのだ。だからこそ、上手に香りを操ることができるようになれば、もっと生活と心を潤わせることができるのではないかと思う。
Tomonobu Nakamori | 中森友喜
「NOSE SHOP」代表。国税局から、IT、アパレル企業を経て独立。「香りの民主化」を目標に世界14か国から約50ブランド、600種類の香水やルームフレグランスを扱うニッチフレグランスの専門店「NOSE SHOP」を運営する。
Photo: Kenichi Yoshida
Content Writing
Akiyo Nitta | 新田晃代
Beauty Editor
大学時代から女性誌づくりに携わり、大学卒業後フリーランスの美容エディターに。スキンケアやメイクにとどまらず、ヘアケアや美容医療にも精通。女性誌や美容専門誌、WEBメディアでの執筆にくわえ、化粧品やサプリメントの開発やコンサルティングにも携わる。